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◎Minami-Alps.Photo.Magazine

-ただ、それだけを視つめた瞳-

昨年の9月、ぼくはいっちょまえに1本の大きなカラマツという記事を書きました。
それは、休日になればいつも一緒に山や川に出掛け
写真を撮って遊んでいた村松正文さんが亡くなったからです。
今日、七夕の日、北杜市立長坂郷土資料館
村松正文写真展-ただ、それだけを見つめた瞳-という企画展が始まりました。
ボクも当時の思い出を綴らせていただけることになりました。
ハイライトをくわえながらシャッターを切り
そして、お互いの写真を見せあい、楽しく過ごした日々。

ぜひ、お立ち寄りください。

感謝を込めて、こんな文を書かせていただきました・・m(_)m
-ただ、それだけを視つめた瞳-_f0081726_21251513.jpg


合掌・・



ぼくがマスターと初めて川遊びに出掛けたのは、
確か赤や黄色の葉っぱが冷たい川底にたくさん
積もり始めた11月の初旬だった。マスターが経
営するレストラン霧ガ峰に出入りするようになっ
て間もない頃、丹波山の川に、新種のカエル(ナ
ガレタゴガエルだとあとでわかった)を観察に
行こうという計画が持ち上がり、ぼくも連れて
行ってほしいとお願いしたんだと思う。それが
マスターとの川遊びの始まりだったのかもしれ
ない。

村松さんをマスターと呼んでいたのは、彼がレ
ストランを経営していたからで、客の誰もがそ
う呼んでいた。店内はお世辞にも広いとはいえ
ず、常連客はいつもカウンター席に座っていた。
そして、そこでの話題といえば、植物や動物、
そして虫たちの話ばかりで、人間臭さがまるで
なかった。

いい大人たちが、夢中で自然界で起きた出来事
を自慢げに話しているのを見て、ぼくは少しホ
ッとした気持ちになれた。ぼくは少年時代から
実家近くの笛吹川で釣りに明け暮れていたのだ
が、社会人になってからというもの、そういう
趣味を持っていることに少し気恥ずかしさを覚
え始めていて、そろそろ卒業かなとへんな思い
を持っていたからだ。
 

丹波川の支流には冷たい秋風が吹いていて、マ
スターとのぎこちないやりとりだけをたよりに、
彼の後姿を追いかけていった。どんどん沢を登
りつめ、遊びすぎてしまい、車に戻ったのはす
でに蒼色の空に月が輝いた頃だった。懐中電灯
も持たず、感覚とわずかな月の灯りをたよりに
歩いた杉林は、今でもその暗さが心に染み付い
ているような気がする。無事下山できたことに
安心してか、大笑いした思い出がある。

それからというもの、マスターとは川遊びが続
いた。一眼レフカメラを水槽に入れて魚を撮れ
るように工夫して、マスターがお店を休める日
曜日は、早朝からふたりで街を飛び出しては、
川の中を覗き込んでいた。そして、現像があが
れば、それを店に持って行き、お互い自慢しあ
っていたのが、今では懐かしい思い出である。
夜中の四尾連湖では、バカ長(胴まである長靴)
をはいて水の中をマスターと歩き回ったり、西
湖では、ヒメマスを釣ってしまって漁協の人に
怒られたり、忍野八海では、観光客が見守るな
か、川の中で魚の撮影に没頭したり――。

マスターのおんぼろジムニーは、魚用の網や水
槽などであふれ、かつて南アルプスに登ってい
た面影はみじんもなかった。たまにひとりで、
荒川へ釣りに出かけていたらしい。そんなこと
を聞くと、ああ、自分も付き合ってあげればよ
かったなぁと思ったりもした。

マスターは、ぼくに身近な自然のなかで、日常
の豊かさを教えてくれたような気がする。いつ
だったかマスターが言っていた。「これが仕事
だったら面白くなくなるだろうな・・遊びでや
っているから楽しいし続けられるんだ」と。確
かにその通りかもしれない。

イヌワシの調査で、名もない山や谷を闊歩して
いたぼくが、どういうわけか最近、南アルプス
へずいぶんと登るようになってしまった。マス
ターが愛した北岳や高山植物が咲き誇る場所に
立つたびに、マスターが夢中で登っていたわけ
がやっとわかったような気がする。これはやめ
られないなと・・・。

川べりでラーメンを作り、おすそわけをしても
らった日々。気の合う仲間がそう多くないぼく
にとって、マスターは兄貴分であったし、良き
友人でもあった。その後、仕事と自分のやりた
いことを追い続け、すっかりご無沙汰をしてい
たけれど、久しぶりに会ったマスターは、ぼく
を見るやいなや、ポケットからデジタルカメラ
を取り出して、荒川で魚の動画を撮ったと言っ
て喜んで見せてくれた。「ずいぶんとちっちゃ
くなっちゃったなぁ」とぼくは少し目を細めた。

マスターと会ったのはそれが最後だった。マス
ターと出会えて、とても至福な時代を過ごさせ
てもらった。そのおかげで今の自分があるんだ
と思う。

マスターの念願であった『山梨県の爬虫類・両生
類と魚類』(山梨淡水生物調査会編集発行 平成
18年)の裏表紙には、ムササビがいる森でふたり
が見つけたアズマヒキガエルがいつまでもでんと
構えている。
by littlealps4383 | 2009-07-07 21:44 | その他