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帰ってきた山梨交通電車・・・「ボロ電」

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ふるさとに戻ってきたモハ8号
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甲府市警察署前付近
※撮影:花上嘉成氏 山梨交通鉄道線回想録(ネコ・パブリッシング出版)

 昭和37年6月の夏、甲府~甲斐青柳(現増穂町)を26駅で結んだ山梨交通電車、通称「ボロ電」は廃線となりました。
 その「ボロ電」を運行していた山梨交通(株)は昨年創業60周年を迎え、現在様々な記念事業を展開しています。今年の6月には、増穂町利根川公園に展示されているモハ8号をチョコレート色の車体から「ボロ電」カラーである鮮やかなオレンジ色に塗り替えました。
 昭和30年代後半は、自動車の爆発的な普及に伴い、次第に「ボロ電」への乗客も減少していきます。山梨交通電車の経営不振、さらに昭和34年8月の台風7号、台風15号の被害で壊滅的な被害を受けたのです。
 こうした事情により、多くの人に惜しまれながら「ボロ電」は廃止となった訳です。引退の日は山交バスの運行開始も同時に行われました。わずか32年間の運行でしたが、今もなおその人気は衰えません。
 「ボロ電」が廃止された後、山交が所有していた2車両は長野県丸子電鉄に譲渡され、その後は江ノ島電鉄に移り、「チョコ電」として親しまれたのです。
 そして昭和61年、役目を終えた車両は「ボロ電」の終着駅があった増穂町に寄贈され、現在は利根川公園に展示されています。冒頭写真の車両は昭和23年に製造されたモハ8号だそうです。
 また「ボロ電」が走っていた軌道は現在道路となり、地元の人は「廃軌道(はいきどう)」と呼び、地域に親しまれています。そして国道52号線と平行するこの廃軌道は毎日多くの自動車が往来し、峡西地域の主要道路のひとつになっているのです。
 
 様々な地域で「ほんの少し前の出来事」が次の世代に受け継がれず、消えていってしまうのはとても寂しいことです。
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南アルプス市飯野「甲斐飯野駅」現在のナトリカメラ付近。
撮影:花上嘉成氏 山梨交通鉄道線回想録(ネコ・パブリッシング出版)
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by littlealps4383 | 2006-08-03 20:45 | 山梨交通電車「ボロ電」 | Comments(0)