◎Minami-Alps.Photo.Magazine

カテゴリ:駿信往還( 5 )

駿信往還沿いの町並み「三階屋」

f0081726_23365963.jpg

昔、「三階屋」は宿屋だった建物ですが、富士川舟運の終焉と身延線の開通を機に、宿屋は甲府へ移転(談露館)したという歴史が残されています。白壁・木造の三階建ての建物は大変目立つもので、いつしか三階屋は「道しるべ」の役割も果たし、おおくの人に親しまれてきました。

 三階屋のある飯野は、甲府から芦安方面へ向かう幹道だったと思われますが、それに信州往還(国道52号)が交差する交差点にあり、いつしか地名も「三階屋」と呼ばれるようになったようです。今でもバス停が「三階」と呼ばれるなど、この建物は地域の民衆の中に生き続けています。 住む人たちのシンボルとして、今なお「三階屋」は健在ですが、一方で老朽化が心配なところです。

 実は3月2日に機会があって、三階屋の中を拝見することができました。1,2,3階を見ましたが、その作りは素晴らしく、また梁などの構造は太く強健で、関東大震災でもびくともしなかったと言われるように、耐震に優れている感じです。

 三階の窓から信州往還(国道52号)を眺めていますと、ここを行き交う人の流れが脳裏に、走馬燈のように浮かび上がります。それこそ歴史を包み込んでいる感じです。

 信州往還に存在する建造物の一つとして、これからも大事に残したい建物です。上手に活用することも可能ですし、富士川流域王国の見せ場の一つとして、生き続けて欲しいと思いました。
[PR]
by littlealps4383 | 2006-08-11 11:00 | 駿信往還 | Comments(0)

駿信往還沿いの町並み② 甲斐雨畑硯本舗・・・最後の1枚

f0081726_13453765.jpg

松寿軒長崎の名菓「すずり石」は早川町雨畑が原産の硯をイメージして創られています。
早川町雨畑は硯の原材料として採取される粘板岩の産地で有名です。
言い伝えによれば、永仁5年(1297)に日蓮上人の弟子が七面山を開くため雨畑を歩いていたところ、蒼黒色の石を見つけ、その石で上質の硯を造ったことが始まりと言われています。
雨畑硯は緻密な粘板岩で、粒子が細かく水持ちも良く、中国硯にも勝る良石だと言われ、明治になると雨畑硯の生産は一気に膨らみました。そこで「雨畑硯製造販売組合」を設立し、90名以上の組合員がいたそうです。
ここは、鰍沢鬼島にある「甲斐雨畑硯本舗」です。1845年の建材が組み込まれているという伝統を今に伝える店構え。お店の中には1品1品丹精に創られた硯の数々が並びます。また先代たちが遺した作品も展示されています。その価格は硯とは思えないほどの高額でした。
まさに芸術作品。
しかし残念なことに今年1月、漏電によりこの店舗が全焼してしまいました。
これは、以前偶然立ち寄って何気なく撮影したもの。撮影していなければ、老舗の全景が失われていたところです。残念でなりません・・・・。
[PR]
by littlealps4383 | 2006-07-15 17:04 | 駿信往還 | Comments(0)

駿信往還沿いの町並み①「松寿軒長崎」

f0081726_7333343.jpg

明治24年創業の和菓子屋。大正末期に建てられたこの建物は国の登録有形文化財に登録されています。翁飴に始まり、長崎でかすてら造りを学び、今もその味を受け継いでいます。
「松寿軒最中」や雨畑硯にちなんだ「すずり石」など創作和菓子も絶品です。
ここ荊沢はかつて鰍沢宿と甲州街道の韮崎宿を結ぶ脇往還で、荊沢は中継の宿場町でした。現在の国道52号線にあたります。
駿信往還は日本の三大急流として知られる富士川に沿い、富士川舟運によって運ばれてきた荷物を鰍沢河岸で荷揚げし、その後陸地を運ばれていったのです。ここ荊沢宿も当時多くの旅人で賑わったことでしょう。宿場町の面影がひっそりと影を落としています。
[PR]
by littlealps4383 | 2006-07-01 08:03 | 駿信往還 | Comments(0)

ハイカラ魚よしカフェ・中央座 その2

現在の魚よしカフェ
昭和の時代は色々あったけど、決して不幸ではなかった。
魚(うお)よしカフェは今も現存する。もちろん営業はしていないが、仲むつまじいご夫婦が住んでいらっしゃる。
当時ご主人は隣の中央座で幕をあげたり、映写機を回したりと1日中てんてこまいだったにちがいない。
時には弁士となり観客を魅了したんだろう。
芝居女優の都八重子さんの興業では、そのチラシを自転車で電柱に貼って回ったという。
いつの時代でも銀幕のヒーローに憧れ、感動し涙した・・そんな日常がよみがえってくる。
f0081726_2022442.jpg

[PR]
by littlealps4383 | 2006-03-03 21:47 | 駿信往還 | Comments(0)

昭和30年代~はいからカフェの登場~中央座その1

小笠原地区の少しはずれにあった「魚よしカフェ」。当時一番のオシャレなスポット。
メニューにはカツレツ、オムレツ、ライスカレー・・・・が並んでる。
芝居女優都八重子さんも食べた??ライスカレー・・・
ん~三丁目の夕日だな。こりゃ。
芝居と映画に夢中だった昭和30年。隣で営業していた中央座という映画館も大盛況。皆で盛り上がった。
ボロ電に揺られて、市川雷蔵に会いに来るハイカラさん。映画のあとは魚よしカフェで一杯。
f0081726_20435714.jpg

                                          芦沢氏所蔵資料
[PR]
by littlealps4383 | 2006-03-02 20:51 | 駿信往還 | Comments(0)